【参考:昔の橘通りの街路樹】


 昭和42年の 【宮崎の並木 染郷正孝著(農林省林業試験場宮崎分場)】 によれば、当時の橘通りの街路樹は、ユリノキ通りというネーミングを目標に、ユリノキ(モクレン科ユリノキ属) 「別名 ハンテンボク」 が植えられていると書いてあります。
  また、ナンキンハゼもユリノキと並んで、橘通りの歩道を飾っているとの記述があります。
 一の鳥居から神宮駅に至る約1.3qには、昭和38年皇太子ご夫妻の来宮を記念して植えられたイチョウ並木があるとされています。

 今、それらを見ることはできません。
 凡そ30〜40年の間に、これだけの大幅な街路樹の変遷が見られるのです。

 何か寂しい気もしますが、同書は、これらの並木は県民の誇りであり、それは30年も前から、当時の宮崎交通会長岩切章太郎氏の提唱された 『植え足しと伐り出し』 の精神によって、たゆまぬ努力が続けられ、また、当時の黒木博宮崎県知事の提唱する 『全県公園化運動』 、その一貫としての 『郷土美化道路沿線花木植栽事業』 などによって実現した他県のお手本となっているものであることが記載されています。

 【宮崎の並木】 には、橘通り以外にも、当時の宮崎交通、宮崎県の努力による県内道路沿線の植栽事例が豊富に紹介されており、この本を書いた著者染郷氏は、当時の岩切宮崎交通会長、黒木宮崎県知事の街路樹に対する並々ならぬ努力と思い入れが、まだ道路沿線に木を植えることが一般的でなかった時代に、宮崎県の街路樹の歴史を創ったと書いています。

メインストリートの縦断調査

p 13

宮崎市

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